シヴァな話

儀礼艦エルシオール。現在はエオニア軍の追撃から逃れ、退避戦の真っ最中である。
数度の危機もエンジェル隊の活躍、
そして赴任してきたタクト・マイヤーズ大佐の指揮により乗り越えてきた。
一路目指すは皇国軍残党が集結するローム星系。
しかし度重なる激戦はクルーの士気を確実に削ぎ落としていた。
そして、「護られる者」である皇国王位継承権を持つ唯一の皇子もまた、それは同じだった。

「…ふぅ」
溜息が自然と漏れる。エオニア軍の手から屈辱を堪えて逃れてきてから数十日。
未だに味方の主力と合流できず、しかも向こうからの呼びかけも無いと言う。
果たして、タクト・マイヤーズの言葉を信じて良かったのか…。
「…シャトヤーン様…」
今は追われる身となったシヴァ・トランスバールは、そう呟くと服の裾を思わず強く握り締めた。
白き月の周辺にはシールドが展開され近づく事はできないとは言え、
聖母シャトヤーンが敵のど真ん中に取り残されている事には変わりは無い。
何度自分の力の無さを痛感したことか…。
目から自然と零れ落ちそうになる涙を堪え、自室の窓から無限に広がる暗黒の宇宙を眺める。
少し前までは白き月の方角を侍女に聞いたりもしたが、
今はもうどちらの方向を望めばいいのかすらわからなくなっていた。
すると、窓に自分の姿が映る。あの詭弁と演説を揮うエオニアの姿に比べ、何と頼りない姿なのだろう。
「……っ!」
腹立たしさを紛らわせる様に、窓に映った自分を叩く。
だが、手から伝わる痛みは自分の無力さをますます痛感させるだけだった。
(私も疲れているのか…)
ここ最近の戦闘により艦内の空気が重くなっている事を、シヴァは薄々感じ取っていた。
彼の周りの侍女達はそれを感じ取られまいと振舞ってはいたが、シヴァの感性はそれすらをも察していた。
そして何より、エンジェル隊の面々からそれが読み取れた。
数日前、シヴァは戦闘から帰還したエンジェル隊と偶然通路で出会った。
「あっ…シヴァ皇子…」
ミルフィーユ・桜葉がいち早くこちらに気付き、礼をした。
その言葉にエンジェル隊の全員がこちらを振り向く。
「わかってるね、シヴァ皇子に礼!」
エンジェル隊の隊長であるフォルテ・シュトーレンの号令により全員がシヴァの前に跪いた。
艦内の通路でもこのようなことをさせなければならない罪悪感を内心感じつつ、シヴァは口を開く。
「よい。気を楽にして構わないぞ。出撃、ご苦労だった」
「はい、ではお言葉に従わせて頂きます」
フォルテのその言葉で、エンジェル隊の少女達も立ち上がる。
だが少女達の顔には疲労が色濃く表れていた。
ミント・ブラマンシュに至っては右腕を負傷しているのか、白く細い腕を包む包帯が目に付く。
「大丈夫なのか?本当に疲れているのではないか?怪我をしている者もいるし…」
ミントの腕に眼を遣りつつ、エンジェル隊に声をかけるシヴァ。
その言葉にミルフィーユとミントは少なからず動揺した様子を見せたが、
フォルテは全く動じる事無くシヴァに言い放った。
「ご安心下さい皇子。私達はあなたを護る為なら、身を挺してでも戦うつもりです」
「そ、そうです。わたしも皇子のためならいつだって頑張りますから!」
ミルフィーユも慌てた様にフォルテに続く。そして無理に作った笑みをシヴァに投げかけた。
「微力ですが、私も…全力を尽くさせて頂きます」
「はい、フォルテさんの言う通りですわ。皇子、ご心配無く。この程度の負傷は問題ありませんので」
ヴァニラ・Hにミントも言葉を続ける。
エンジェル隊の少女達の言葉に頷きつつも、シヴァは内心複雑な思いだった。
(私が無理をさせている原因なのだからな…)
そう思いつつ視線を巡らすと、蘭花・フランボワーズが彼の目に入った。
そう言えば彼女の言葉は聞いていないなと思い、シヴァは口を開こうとする。
だが彼女の様子を見て、シヴァは口を噤んだ。
ランファはフォルテの傍らに力なく佇み、
王族であるシヴァの面前であってもその表情は疲れ果て、作り笑顔すら浮かべられない様子だった。
シヴァの目線にも気付くことなく、ランファはその瞳を閉じ軽く垂れた頭を片手で支えていた。
そのシヴァの視線に気付いたのか、ランファの側に立つフォルテがランファを軽く小突く。
最初は不快な顔をしたランファもようやくシヴァの視線に気付き、表情を引き締めた。
そんな彼女の仕草をシヴァはじっと見つめる。
(私の為に、ここまで…)
思わず暗い表情になってしまうシヴァを気にしたのか、ランファが口を開く。
「あの、皇子。アタシは大丈夫ですから。その…お気遣い、ありがとうございます」
そう言ってランファはシヴァに頭を下げる。
「だが…いや、何でもない。皆の者のこれからの活躍を期待しているぞ」
シヴァはそう言って自室へ戻るべく、エンジェル隊の面々に背を向けた。
急なシヴァの行動に慌てて彼の侍女もその後を追う。
(蘭花・フランボワーズ、か…)
いつもより歩く速度を速め肩で艦内の重い空気を切りつつも、不思議と思いはどこかに向いていた。


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