何故でしょうか?

あなたを見るだけで、
あなたと話すだけで、
あなたの事を思い出すだけで、

とてもとても、不思議な気分になるのです。

何故でしょうか?

「ヴァニラ。」
呼ばれて振り向いた。
エルシオールのティーラウンジ、今日のお祈りも済ませ喉を潤そうとしていた所に…

なんで、この人が…

「タクトさん…」

とたんに胸の鼓動が早くなる。
顔が火照る。
穴があったら入りたい。

「実は…紋…で…修理…」
全然声が耳に入ってこない。

あなたと一緒にいるだけで心臓が
こんなにもおかしくなってしまいそうなのに、

あなたと夜を共にした時、私はどうなってしまうのだろう。

「…ニラ…ヴァニラ!」

「えっ?」

「顔真っ赤じゃないか、どうしたんだい?熱でもある?」

そう言っておでこと、おでこをくっ付けられた。

なんでこの人はこんなにも恥ずかしい事を平気で…
顔が近い、息がかかる、煙草臭い、心臓の音が聞こえたら恥ずかしい、

さまざまな思いが飛び交って、

「やっぱり、ちょっと熱があるみたいだね、ケーラ先生の所へ行こうか」

言うなり、

「きゃっ!」

抱き上げられた。

世に言う、お姫様抱っこ。

なんでこの人はこんなにも恥ずかしい事を平気で…
誰かに見られたら誤解を招きかねない。

「平気です!熱もありません!」

そう言ってもがいてみたが降ろす気はさらさら無いらしい。

「熱は酷くなる前に治さなきゃ駄目。嘘はいけませんよアッシュ少尉。」

アッシュ少尉などと言われた。
事実、階級は少尉だがこの人に言われるとイライラしてくる。

結局熱も無いのに医務室まで来てしまった。
抱き上げられたままで。

「さぁ、着きましたよ御姫様。」

少尉の次は御姫様ときた。
この人は本当に何を考えているのやら。

「私は御姫様じゃ有りません。」
軽く怒りを込めて反論をしてみる。
私は期待している。
この人が恥ずかしい台詞を口に出すのを。

そして、期待通りの台詞。

「御姫様だよ、俺にとっての。」

…言うと思った。

恥ずかしい台詞。
それでも嬉しくなってしまう自分に少々腹が立った。

「なんて、台詞を期待した?」

「…」

この人は…

卑怯だ。

自分の手の内は見せずに、相手の手の内は隅々まで覗き込む、
私の心の中にノックもせずに、土足で入り込んで散々荒らし回った挙句に
いくつか私の大切なものを盗んでいく。
全てを知らない顔をして、全てを知り尽くしている。
先程少尉呼ばわりしたのも、命令していたという事か。

なんて卑怯で、なんて狡猾で、なんてロリコンな男。

なら何故私はこの人と一緒にいるだけで不思議な気分になるのだろう。

「おーい、ヴァニラ?ヴァニラ?」

何故・・・

「返事が無い、どうやら唯の屍のようだ。」

屍?

「なんですかそれは?」

「知らない?ゲームDQNクエストでコミケイベント後の人間に話し掛けると出てくる台詞で・・・」

「そうではなく私は屍ではありません。」

「屍みたいだったよ。心此処に在らず、って感じだったね。」

五月蝿い。誰のせいでこうなった。貴方のせいだ。
大体、貴方に私の心が分かるのか。
貴方なんて大嫌いだ。顔も見たくない。吐き気がしてくる。
実際、今日も洗面所で二度も吐いた。

貴方のせいだ。
貴方が私の心の中に入ってきてから何もかもが変わってゆく。
人に見られたことが無い笑顔も、涙も、怒りも、
何故、貴方はそんなに私の心から簡単に引っ張り出してしまうのか。

この感情は何?
分からない。

「ちゃんとケーラ先生に見てもらうんだよ。とりあえず俺は
もう行くね。早く帰らないとレスターが五月蝿いんだよ。」

そう言いながらクルリと背中を私に向けてブリッジに戻って行く。
他人の意見を聞かずに自分で始めて、他人の意見を聞かずに自分で終わらせる男、
やはり卑怯だ。
あの人の背中が角に消えた。

ここまで来て自分の部屋に帰るのも馬鹿らしい。
ケーラ先生に話したいこともある。

とりあえず医務室に入った。
ドアが開いた瞬間、コーヒーの臭いと消毒液の臭いと物音。

・・・物音?

物音がした方向に顔を向けると、

「ケーラ先生?」

「あ!ああ。ヴァ、ヴァニラ、いらっしゃい。」

何故か先生は偉く焦っていて壁に偉く近づいていた。
入った瞬間何かを後ろ手に隠した。
その何かは耳に繋がってる・・・

聴診器だ。

壁に聴診器を当てて先ほどの会話を・・・盗み聞きしていたのだろう。
この船には卑怯な人間しか居ないのか。

視線に気づいたのか、開き直ったようだ。

「あのね、タクトさんは貴女の事を御姫様なんて呼んだんだからそこは
もっとロマンチックに『もう良い、下がれ。』ぐらい言えばいいのに。」

その台詞はロマンチックなのかどうかは知らないが、普通の女性はそう返すものなのか。
そう返すのはケーラ先生だけでは・・・

「もう済んだ事です。それより聞いて欲しい事があるんです。」

「ん、私でよければ。なんでも言って御覧なさい。」

「その前に、この部屋は防音ですか?」

「防音にしようか?」

「ぜひともお願いします。」

外から盗聴されたら話にならない。
彼女は立ち上がってドアの脇にあるボタンの一つを押した。

『通常モードから防音モードに切り替えます。3、2、1、DONE!』
機械の無機質な合成音。
私もこんな風に話していたのだろうか。

「さぁ、防音になりました。なんでも言って御覧なさい。」

そう言って椅子を勧める。
椅子に座りながらヘッドギアを外した。こうしないと自分の気持ちが言葉に出ない。
外した途端、急に言葉が抑えきれない衝動に駆られる。

何から言えばいいのだろう、もうなんでもいい、とにかく言葉を出さないと、

溢れそう。

ヘッドギアを机の上に置いて、なんとか言葉を吐き出した。

「私、タクトさんと一緒にいると不思議な気持ちになるんです。いえ、居るだけではなく
タクトさんの顔を思い出すだけで不思議な気持ちになるんです。なんというか、こう胸の
辺りがギュッってなって、血が昇って、穴があったら入りたい気持ちになるんです。」

ケーラ先生は私の言葉を何故かニヤニヤしながら聞いている。
人が真剣に悩みを聞いてもらっているのに。
何様のつもりだ。

ケーラ先生が笑いながら、それでいて楽しそうに、言葉を出した。

「ヴァニラ、それはね、『恋』って奴よ。」

「鯉?」

「ヴァニラ、魚の鯉じゃなくて、『恋』。人を愛しているって事よ。」









…恋?

ちょっと待って下さい。
おかしいです。

恋?
愛する?
私が?
鉄仮面女だの、鋼の乙女だのと呼ばれている私が?
誰を?
あの人を?
あんなにも卑怯な人を?
冗談じゃない。

「違います!!」
椅子から立ち上がってすぐに否定した。
違う、違う、違う、絶対違う。
あんな人に恋をするなんて絶対嫌だ。
年の差も、階級の差もあるのに恋なんてするわけが無い。

先生は驚いたようだ、普段叫んだりしない私が大声を出したからだろうか。
とにかく、恋なんかじゃない、恋とはもっとロマンチックな物だ。

とある宇宙の、とある星の、とある国の、とある士官学校。
私はその学校の生徒で2年生。
とある先輩に淡い恋をした。
しかし先輩は後少しで卒業してしまう。
なんとか卒業する前に告白したい。
『校庭の桜の木の下で告白すると必ず恋が叶う。』
そんな伝説を信じて、私は唯でさえ少ない勇気を振り絞り、
なんとか憧れの先輩を桜の木の下に呼び出す。
そして告白、実は先輩も自分の事が気になっていた。
実は周囲の人間には、その事はバレバレで気づいていなかったのは本人達だけ。
めでたく二人は付き合う事に。
しかし先輩の父親はジャパニーズマフィアの首領で先輩はその後継ぎ。
元々心優しい先輩は後を継ぐのを嫌がっていた。
そして二人は駆け落ち。
しかし父親の手先により捕まってしまう先輩。
私はどんなに先輩を愛しているのかをお義父さんに必死に話し込む。
しかし頑固な父親はそんな話に耳を傾けない。
が、お義母さんが

(以下中略)

そして、「あの、馬鹿息子めが・・・」
と呟き、瞳から涙が、懐から書類が零れ落ちる。
それはあの時破り捨てた婚姻届でセロハンテープで不器用に補修してあるのだ。
婚姻届の両親の承諾の欄には瀬戸豪三郎の文字が。
そして私は先輩と共にオランダで風車小屋の番人をして生涯を過ごすのだ。


こんな風にもっと素敵なものだ。

私が感じているタクトさんに対する感情、
こんなグチャグチャな物は恋じゃない。

恋じゃない、絶対恋じゃない。

もし恋だとしたら。
私はなんて愚かな道化なのだろう。

「ヴァニラ、自分に嘘をついちゃ駄目よ。」

自分に嘘?嘘などついていない。
ケーラ先生、貴女は恋をした事があるのですか?
もし無いとしたら何故そんな根拠の無い事を言えるのですか?
私の気持ちが分かると言うのですか?
あなたはテレパスですか?
違うでしょう?

「嘘なんかついていません!私はタクトさんに恋なんかしてません!」

「照れなくてもいいのよー。あー、若いっていいわねぇ…」

顔が真っ赤になる。
もう、もう怒った。

「絶対違います!私はあの人なんか大嫌いなんです!!」

先程よりももっと大きな声を出して否定する。
駄目だ。
これ以上喋ったら泣く。
今でも泣きそうなのに。
喋っちゃ駄目。
こんな私はあの人にしか見せてはいけない。
駄目だったら!
駄目だと分かっていても一度吐き出した感情はとどまる事を知らない。

「あんなに卑怯で狡猾でロリコンな方を見た事がありません!
あの人の顔を思い出すだけで吐き気と殺意が抑えられないんです!
き、今日、も、せ、洗面所で、ヒック、に二回もは、吐きました!
ぜ、全部ヒックあ、あの人のせいです!
あの人のせいで、ヒック、どれだけヒック、わ、私が苦しいか、ヒック、あ、あの人は、ヒック、知らないんです!
わ、私どうしたら、ヒック、いいのか、ヒック、全然、ヒック、わ、分からない・・・」

やっぱり泣いた。
涙が止まらない。

「ヴァニラ。」

ケーラ先生が両腕を広げている。
もういい。

甘える。

腕に飛び込んだ。

思いっきり泣いた。
赤ん坊の様に泣いた。
涙が止まらなかった。
防音で良かった。

十分ぐらいケーラ先生の腕の中で泣いた。
ケーラ先生は何も言わずに只、私をギュッとしてくれた。

「ぅ、ぁー、ヒッ、ヒッ、ぁ、ぁー…」

「落ち着いた?」

「…」

答えたらまた泣きそうだったから答えなかった。
私の返事を待たずに先生は喋りだした。

「ヴァニラ、人を愛するって言う事はとても難しいのよ。その人の好きな部分だけじゃなく
嫌いな部分も認めてあげなくてはならない。それが本当の愛ってものだから。
あなた、ちゃんとタクトさんの嫌いな部分が分かっているんでしょ?それだけでも凄いわよ。
昔から『恋は盲目』って言ってね。その人の好きな所しか、見えなくなっちゃうものなの。」
私も昔は……いや、よそうか。」

「…」

「あなた、実は分かってるんじゃないの?」

「何を、ですか?」

「タクトさんの好きな部分。」

あの人はいつも優しくて。
いつも笑顔で。
いつも自分より他人のことを考えて。
どこか抜けていて。

およそ司令官には向いていない性格だ。
何それ?

なんだか可笑しい。

「どう?」

「タクトさんは、馬鹿です。」

「そうね、馬鹿かもね。こんなにも自分を愛している人が
近くに居るって気づいていないんだから。」

笑ってる。
先生も、私も。

「先生、私は、どうしたらいいんでしょうか?」

「そうね、手っ取り早く既成事実でも作っちゃたらどう?」

「既成事実?」

「えーとね、つまりタクトさんと夜を共に過ごすって事。」




ヴァニラの華麗なるヴの字

動画 アダルト動画 ライブチャット