デ・ジャ・ヴュ

彼女は一度だけ、僕に微笑んでくれたことがある。
いや、もしかしたら僕に対してではなかったかもしれない。
僕の後ろにあるなにかに微笑んだのかもしれないし、
あるいはただ目の下がむず痒くて表情を歪めただけかもしれない。
とにかく彼女は「僕に対して微笑んだように見えなくもない」
表情をしたことだけはたしかだ。
僕はその幻想に仕掛けられた甘い罠に、どっぷりはまってしまっている。
特にやることがないときは彼女の笑顔をひたすら思い出す。
そして映像が薄れないように何度も何度も再生し、記憶に焼き付ける。
イメージを固めていく。
そこから照れたように微笑ませたり、
あきれたように苦笑させたり、とてもうれしそうに笑ってみせたり、
表情を少しずつ変化させていく。
だけど本当の彼女は僕のためにここまで笑ってはくれない。
僕はマスターベーションをするとき(あまりしないけれど)、
彼女を想い浮かべる。
いきなり裸ではなく、服を着た段階から徐々に脱がしていく。
かける言葉も、互いを高揚させる台詞も思いつかないので、
黙々と服を脱がしていく。
でもいつも最後までイメージできない。彼女の裸が想像できないのだ。
下着姿にしたところで彼女は僕に変わる。
ブラジャーを着けた僕は、なにか期待するような目で僕を覗いてくる。
僕はかまわず彼の背中に手をまわしホックをはずそうとすると、
彼がこう問いただしてくる。
「君はブラの下を見る勇気があるの?」
僕は少し考え、首を振る。彼はがっかりした顔をする。
僕はあきらめ下着姿の僕に上着を着せると、彼は彼女に変わる。
そしてあの曖昧な微笑みを浮かべる。
貫くような、透き通るような、ひんやりとした微笑み。
僕は微笑みが通り抜ける瞬間、射精する。
たぶんそのせいだと思う。
僕は彼女を見るたびに勃起してしまう。
抑えようと思っても僕のペニスは膨張をやめない。
自分自身で制御できないパーツが、自分の身体に付いていることが驚きだった。
ある日の食事中、風船のように膨らんだペニスに誤ってフォークを落として
しまったことがあった。
破裂してしまうんじゃないかと思ったけれどそんなことはなく、
むしろ落ちたフォークの先が曲がってしまうほどに硬くなっていた。
いつもそうなってしまうから、彼女とまともに向きあえない。
勃起しているのを悟られぬよう腰を曲げて歩いたり、
ズボンにたるみをつけたりするため気が散ってしまい、
うまく話しができなかったりする。
ただでさえ上手に話せないのに。
こんな時、彼女がテレパシーを使えなくてよかったと思う。
でも中にはテレパシーを使える女の子もいる。
「クロミエさん、『恋』をしていらっしゃるようですわね」
「あっ、ミントさん。もしかしてテレパシーを…」
「ふふ、覗かせてもらいましたわ。
思春期の男の子って、なかなか複雑な精神構造ですのね」
僕は少し大げさにため息をつく。
「そうなんです。だから苦労するんです」
「身体も敏感に反応していますわ」
ミントさんは僕の股間を見た。僕は一応ズボンにしわを作った。
「ところでミントさん。あまり人の心を読まないで下さい。
知られたくないんです」
クスクス、とミントさんは笑った。
まるで僕の言葉が彼女の身体をくすぐっているみたいだった。
「ご安心くださいな。私の力では恋をしていることはわかっても、
それが『誰に』向けられているかまではわかりませんの」
ウサギ耳がヒクヒクと二回動いた。
僕はできるだけなにも考えないようにしていた。
「…もしかしてその恋心、私に向けられているのではなくって?」
相変わらず、彼女は得体の知れない笑顔をしていた。
それが「冗談ですわ」の意味なのか、照れ隠しの表情なのか、
僕には判断ができなかった。
あまり動揺してミントさんに嘲笑されるのもしゃくなので、
僕は別のことを考えることにした。
(昨日食べた宇宙チゲ鍋、おいしかったなぁ)
ミントさんはなにかを思い出したようにポケットに手を入れた。
その手はなかなか抜き出さなかった。
まるで僕の反応を確かめているみたいに、
ゆっくりとポケットをもぞもぞさせている。
僕は興味をそそられているかためされているのだと思った。
(チゲ鍋、チゲ鍋、チゲ鍋、チゲ鍋……)
「あっ、ありましたわ、これです」
ミントさんが差し出した掌に乗っていたのは、
ハート型のチョコレートだった。
「私の故郷では好きな殿方にチョコをあげる風習がありますの。
 どうぞ受け取ってくださいな」
ミントさんは僕の目を覗いてきた。
いや、目じゃない。おそらくもっと奥のほうを覗いているんだ。
僕は心の動揺を悟られないよう努力した。
(チゲ鍋、チゲ鍋、チゲ鍋、チゲ鍋、チゲ鍋、チゲ鍋、
 チゲ鍋、チゲ鍋、チゲ鍋、チゲ鍋、チゲ鍋、チゲ鍋……)
結局、僕はチョコレートを受け取った。
ミントさんはどういうつもりなのだろう。
本当は僕がフォルテさんを好きなこと知っていて
わざと知らないふりをし、しかも自分が恋心を抱かれていると
勘違いしているようにみせ奇妙な三角関係を作り出し、
僕を混乱させようとしているだけなのだろうか。
腹黒いミントさんならやりかねないことだ。
だけど本当にミントさんのテレパスがもっと浅い所までしかわからず、
恋をしていることはわかっても「誰が好きか」まではわからないとしたら、
ミントさんは本気で勘違いをしているのかもしれない。
僕はテレパシーが使えないから、
ミントさんがどこまで人の心を読めているのかはわからない。
と言うよりも僕自身、自分で考えていることがわからないことがある。
もしかして僕も気づかない心のずっとずっと奥深くでは、
ミントさんを求めているのかもしれない。
潜在された意識をミントさんが敏感に感知しているとしたら……。
僕は考えるのをやめ、受け取ったチョコレートに目をやった。
チョコレートは僕の体温でだいぶ溶け、いびつな形になっていた。
でもこっちの方が僕のハートの形に近いなと思った。
大人ならこういうときはお酒を飲むのだろう。
でも僕は未成年なので、マスターベーションをする。
まずフォルテさんの身体をすみずみまで触る。
鎖骨に優しく触れ、乳首をつまみ、太腿を撫でる。
覚束無い手つきでヴァギナに指を入れ小刻みに震わす。
そして厚い唇に口づけをしようとする。
唇が触れ合う直前、彼女はミントさんに変わる。
僕はミントさんで射精をしてしまった。
おそらく僕が好きなのはフォルテさんだ。
だけどその恋には年齢や価値観の相違など
条件的に複雑な問題がある。
だから妥協としてミントさんを好きになろうとしているのかもしれない。
それは代償を考えたとき、あくまで相対的にだけど、
安易に手にし得る幸福になると判断したからだ。
それをミントさんが感じ取って、「好き」という明晰な概念にすり替えたのだろう。
きっとそうだ。
こんなことは宇宙クジラに聞けば解決することだった。
でも人の心から恋愛感情を盗み聞きするのはとても卑劣で卑怯な気がした。
だから僕は宇宙クジラにはなにも尋ねなかった。

キュオーン、キュオーン。

「『人の気持ちは誰でも覗ける。そのためには人を愛さなくてはならない。
君には、それができる』か。
 そうかもしれないな。ありがとう、宇宙クジラ」
僕は宇宙クジラの体の一部を撫でてやった。
「おそらく僕の気持ちは絡まりすぎているんだ。少しずつほどいていこう。
 そうすれば、本当に大切なものが見えてくるかもしれない」



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