蘭花とヴァニラ

「うん・・・そうなの。ゴメンね、みんなにそう伝えておいて」
ブリッジとの連絡を終えたランファはそのままベットへ潜り込む。
(こんな時に風邪をひくなんて・・・最悪だわ)
シーツを乱暴に掴み、暖を取ろうと包まる。
ここ数日のエオニア軍との戦闘で疲労が溜まっているのは自覚していたが
ここまで悪化するとは思っていなかった。
(はぁ・・・寝てるしかないわね・・・)

それから数十分が過ぎた頃―
唐突に部屋の呼び鈴が鳴る。
その無機質な音に眠りを害され、朦朧とする頭を片手で支えながら起き上がるランファ。
(ったく、誰なのよ・・・)
内心舌打ちしながらもモニターへ向かう。
「はい、一体だれ?」
画面には彼女の見知った姿が映っていた。
「ランファさん・・・失礼してもよろしいでしょうか」
「あ・・・ヴァニラ・・・」
「ちょっと・・・お話があります」
「わかったわ。今ドアを開けるから」
思わぬ来客にとまどいながらも、ランファは重い体を引きずってドアへ向かう。
ドアを開けると、そこにはヴァニラがいつもの無表情を浮かべて立っていた。
「失礼します、ランファさん」
「一体どうしたの?何か用なの?」
「いえ・・・タクトさんからお話を聞いたものですから」
「あ、そうか・・・」
先ほどのブリッジへの連絡からしばらく経っている。恐らくタクトがみんなに伝えたのだろう。
「具合が良くないと伺ったので・・・様子を見に来ました」
「え?わざわざいいのに・・・」
ランファは内心、あまり他のメンバーに迷惑を掛けたくないと思っていた。
彼女自身、あまりメンバー内で借りは作りたくなかったからだ。
熾烈を極める戦場で、彼女自身無事に帰還することへの不安感はぬぐえなかった。
そんな中で自分が借りを返す機会などあるのか―その思いが心中を占めていた。
「ま、何とか大丈夫よ。一日休んでいたら良くなるわ」
「・・・・・・」
「だから、ね。ほら、アンタも自分の仕事があるでしょ?」
ランファの表情をじっと見つめ続けるヴァニラ。
そして徐に口を開く。
「放っておける状態ではありません。一緒に来てください」
そう言ってランファの手の掴み、歩き始めるヴァニラ。
「えっ・・・ちょっと、ヴァニラ?」
虚を突かれた表情のランファ。何とか部屋のドアのロックはしたものの、ヴァニラに手を引かれ
そのまま歩き始める。
「ちょっと、ヴァニラ。どこへ行くのよ?ねぇ、聞いてるの?」
「・・・・・・」
黙ってランファの手を引いて歩き続けるヴァニラ。
最初は戸惑いを隠さなかったランファも黙ってついて行く。
ヴァニラの顔は相変わらず無表情だったが、繋いだ手から彼女の温もりが伝わってくる。
(ヴァニラの手って・・・こんなに暖かかったんだ)
いつもの無表情からは窺えない彼女の意外な一面を感じる。
そういえば、彼女とここまで触れ合ったことはあっただろうか?
「・・・着きました」
「ここって・・・医務室じゃない」
ヴァニラがランファを連れてきたのは医務室―彼女の仕事場とも言える場所だった。
「ケーラ先生は席を外していますから・・・私が診療させてもらいます」
そう言いながらランファに椅子を薦め、座らせる。
ヴァニラは呆けた表情のランファを尻目に手際良く診察を始めた。
ランファの額に手を優しく当て、さらに扁桃腺を調べる。
最後に聴診器を取り出し、耳にあてる。
「ランファさん、上着を脱いで頂けますか」
その言葉にようやく我を取り戻すランファ。
「えっ・・・?何て言ったの?」
「上着を脱いで頂けますか、と・・・」
「あ・・・わかったわ」
ランファはそういいながらパジャマのボタンを外し始める。
だが、熱で頭が朦朧としているせいか、なかなか上手く外すことが出来ない。
「あれ・・・おかしいわね・・・」
ボタン外しに苦戦するランファを見て、そっとランファに手を伸ばすヴァニラ。
「あ・・・」
ランファが小さな驚きの声を上げる。
ヴァニラがランファのパジャマのボタンを外し始めたからだ。
優しい手つきでボタンを外していくヴァニラ。
「・・・前を開いて頂くだけで結構ですから」
そう言ってパジャマのボタンを前部外すと、ランファの白い肌が露になった。
「では・・・失礼します」
そう言ってランファの胸に聴診器を当てる。聴診器の触れる冷たい感覚が伝わってくる。
「っ・・・・・・」
「どうか・・・しましたか?」
「あ、いや・・・何でもないわ」
「・・・そうですか」
ヴァニラはそのままランファの胸に聴診器を当て、場所を変えながら様子を探っている。
そんなヴァニラをじっと見つめるランファ。
そして疑問に思っていたことをヴァニラに投げかけた。
「ねぇ、ヴァニラ」
「・・・何でしょうか」
診察を終え、ヴァニラは聴診器をしまいながら答える。
「あのさ・・・どうしてわざわざアタシを医務室まで連れてきてくれたの?」
「詳しいことはタクトさんから聞きました。それに・・・」
「それに・・・なに?」
「ランファさん・・・ずっと調子を崩していらっしゃるようでしたから」
「え・・・」
ランファは絶句した。心配を掛けまいとしていたのが、ヴァニラには見通されていたとは―
思わずヴァニラから顔を背け、俯いてしまう。
「わかっちゃってたんだ・・・敵わないわね、ヴァニラには」
「ランファさんは・・・大切な人ですから」
その言葉にふとランファが顔を上げると、ヴァニラは彼女の間近に佇んでいた。
「・・・大切な人が困っているのを放っておくことはできません」
ヴァニラはそう言って屈み込み、胸がはだけたままのランファのパジャマのボタンを
再び優しい手つきで掛けなおしていった。
「あ・・・」
またも小さな驚きの声を漏らすランファ。ヴァニラの体からは微かな消毒薬の香りが漂ってきた。
いつもは苦手なこの香りに、ランファは不思議と落ち着きを覚えていた。
(ヴァニラ・・・)
無表情でボタンを掛けていくヴァニラの横顔に愛おしさを覚えるランファ。
しかし、それを言葉に出す事が出来ない。
熱で思考が朦朧としていたこともあったが、それよりも彼女にかける言葉が見つからなかった。
「・・・どうかしましたか、ランファさん」
「えっ・・・」
気が付くとヴァニラは既にランファのパジャマのボタンを掛け終わり、立ち上がっていた。
「・・・もし夜間に何か問題が起きても対処できるように、今日はこちらで眠る事を勧めます」
「え・・・ええ。そうさせてもらうわ」
「それから・・・こちらの薬を飲む事を勧めます」
「ん・・・わかったわ」
ヴァニラはランファに薬とコップの水を渡すと医務室のベットメイクを始める。
その姿を黙って見つめるランファ。
彼女の中では未だにヴァニラへの言葉を見つけ出せずにいた。
(アタシ・・・何やってんだろ・・・)
その言葉だけがランファの心中で巡っていた。
エンジェル隊の一員として戦場に立つだけではなく、エルシオール艦内の傷病者の看護、紋章機による損傷箇所の修理・・・
そんなことを、あの小さな体で全てやってのける。
しかも決して弱音を吐かず、文句すら口にしない。
それに比べ、自分はどうか?その小さな少女に要らない負担を掛けてるだけではないか?
そういった自責の念が次々と押し寄せてくる。
益々重く感じられる頭を垂れ、ランファはヴァニラの後ろ姿から目を逸らす。
そして渡された薬を水で乱暴に流し込む。普段は苦い味も今は何とも思わなかった。
とにかく、今日はもう休みたい―それが一番の思いだった。
「・・・ランファさん」
ヴァニラの声で思考が中断される。
見上げると、ヴァニラがすぐ側に立っていた。
「ベットの準備ができました。こちらへどうぞ」
黙って立ち上がるランファ。少し足元がよろめくと、ヴァニラは彼女を支えようとする。
だが、ランファはヴァニラの腕を制し、そのまま何も言わずにベットに潜り込んだ。
(アタシって・・・最低ね・・・)
そう思って目を閉じる。今日はもうヴァニラを直視する事なんてできそうにも無かった。



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